日曜ルビーと初夏の風

日曜ルビーと初夏の風

キングストンのUSBメモリーは、歩くたびにシャランと綺麗な音を出す。
銀色のチェーンとの相性のせいだろう。
その音が、今日は半音高かった。(あれ、今日はソのシャープだ。 )
そのとき、風がザッと吹いて、周りの景色のトーンも少し上がった。
どうしてかは分からないけど、別の世界へ迷い込んでしまったようだ。
すれ違う人はみな、私と同じネックレスをしていた。
シャランとソのシャープの音を出しながら、人びとが歩いていた。
会社の前まで行ったけど、ビルごとなくなっていた。
なんだかそんなことになっているような気はしていた。
( さて、どうしよう。。。 )
紫から白へとグラデーションしている花をぼんやり眺めていると、スーツにアルミ製のアタッシュケースを持ったサラリーマンに話しかけられた。
「あの、お困りでしたらお力になれるかと。 」
「。。。やっぱり私だけこの世界に馴染んでない感、出てます? 」
「 いえ、そのネックレス、私たちのものと大変似ていますが別のものですから、もしやと思いまして。」
私は自分がぶらさげているUSBメモリスティックと彼のネックレスを見比べた。確かに、似ているけど違う。
「よろしければ、ご案内しますよ。」
「え、どこへ? 」
「ツタの扉へ。 」
「。。。ツタの扉? 」
「ええ。私どもの会社『日曜ルビー 』は、ツタの扉を開けるカギを制作、販売しております。」
そう言ってサラリーマンは名刺をくれた。
「その、ツタの扉を抜けると。。。? 」
「元いた世界へ戻れますよ。 」
「カギ、おいくらですか?」
「こちらの世界の人が買うと118000円ですが、あちらの世界の方なのでお安くしておきますよ。5800円と消費税でいかがですか。デザインは選べます。」
「。。。とてつもなく営業上手ですね、白木さん。 」
私はもらった名刺を見ながら言った。
それからてくてくと2人で歩き、数分で海の近くへ出た。もちろん私の会社の近くに海はない。

「ここです。」
連れてこられたのは、薄い青の(たぶん昔は濃いブルーだった )扉の前。
波の音、潮風、揺れる小さな昼顔。
気持ちがいい。

白木さんはおもむろにケースを開けた。
「カラーはシルバー、ゴールド、ブラック、 形もいろいろありますよ。」
「あの、白木さん、もう少しこっちの世界を見てから帰りたいんですけど。 海なんて久しぶりだし。カギは買います。」

白木さんは微笑んでこう言った。
「みなさんそうおっしゃいます。どうぞごゆっくり。私も今日は直帰にします。浜辺で何か飲みましょうか。」
「じゃあビール飲みません? 」
「いいですね。」

そうして私たちはプシュっとおいしい音をたてた。
この世界のことを色々聞いたけど、ほとんど私の住んでるところと変わらなかった。
ただ、小さな決まりごと、流行などが少し違った。
たまにいるらしい。こちらの世界と波長があってしまい、迷い込んでくる人が。
みんながしてるペンダント、役割はそれぞれ違い、ケータイがわりの人もいれば、ライト、ハンコ、ゲーム機、何でもいいけどアレをつけてないとだめなんだって。
「あ、じゃあ私は、そのカギをこの形でもってようかな。」

「わかりました、ではシルバーでお作りします。 」
ツタの扉は、どんな人のどんなカギでも開けることができる。
しかしそれは、こちら側からしか開けられない。

「また迷い込んだ時、カギをお持ちでなかったら、私を呼んでください。 」
「何回も買うの嫌なんで、いつもしてることにします。」
「そうですね。それでは、また。 」

私はツタの扉にカギを入れた。
ベタな音の連続で扉は開いた。

元の世界では、時間はほとんど進んでいなかった。もっとのんびりしてくればよかったな。
会社に向かう私の胸には、2つのUSBメモリーが、ソとソのシャープの音で揺れていた。
半音のハーモニーは若干気持ちが悪いが、気分はとても良かった。

ながさわ合唱団のカニエくんは、装丁デザインなどをやっていて橘の詩集もプロデュースしている、という話を7/4のライブの時に聞いた。
「よかったら明日、大江戸博物館でやるポエケットに出展しているので来ませんか?橘はポエトリーリーディングもやりますよ。」

めずらしく予定の入っていなかった翌日日曜日、私は1人で両国へ向かった。
受付のメガネに
「橘のポエトリーリーディングは何時からですか? 」
と聞くと
「もう終わりました。」
と無表情で言われた。
人と話す時、笑顔は大切だなと感じる。

「ポエケット」とは、詩集のコミケみたいなやつだった。会場は、ブースを借り自主制作詩集を並べた人たちとお客で賑わっていた。

橘の本は売れていた。
きっと凄まじいポエトリーリーディングをしたのだろう。200円から2000円まで幅広い品揃えだった。
私を見つけると、思いもしない来客に橘は珍しく笑顔を見せた。
カニエくんもまた嬉しそうにしてくれた。
笑顔は大事だ。気分が良くなる。

私は、彼らのブースに荷物を置かせてもらい、ポエケットという初めての空間を巡った。
色々な本があるなぁ。本というか、冊子のようなものが多い。
とにかくみな、紙が好きそうだ。
私も紙が好きだ。
毎日の「やることリスト 」は紙に書いて線で消していくタイプだし、ユポ紙に記入するために選挙に行っている。

カニエくんが装丁した本はどれも美しかった。カラフルな紙が挟まっていたり、フワフワした紙で覆われていたり、それだけで芸術作品のようだった。

CDを販売しているバンドマンがいた。なんだかホッとした。
彼らはメロディーに乗せて詩を読むようなスタイルのバンドだった。
その日の天気と気分にあっていたので購入した。
「四角シャボン」というバンドのCDだった。
ヤーチャイカの子にも会った。インディーズポエム即売会でバンドマンに出会うとは思ってもみなかった。
でも、歌詞を重要とするバンドは、ここにいてもおかしくないな、とも思った。
私も今度、歌詞カードをブックレットにしてCD付きでここで売ろう、と思った。
表現は、どの部分をフューチャーするかで出演ステージも変わってくるのだ。
橘は詩集購入者に「ジャージカード」なるものをプレゼントしていた。
名刺大のそれには、橘の中学時代の写真と彼のジャージの切れ端が貼ってあった。
もちろんカニエくんの発案だ。
橘は、カニエくんという素敵なパートナーを見つけたのだ。カニエくんも詩を書くが、デザインや広報、人付き合いもしっかりできる人だ。
本当の天才はポンコツなので、そういうことをやってくれる人が必要だ。
天才は生きているうちに良いプロデューサーに出会うか出会わないかで一生が決まる。
ヘンリーダーガーは、出会わなかったので死んでから有名になった。
どちらが良いという訳ではない。とりあえず私も、紙の本が作りたくなった。

今週の始まりは、そんな日曜日だった。
あの日からずっと、雨は降っている。


「この雨、いつ止むんだろうな。もう3ヶ月も降ってる。 」
「 なー。やんなっちゃうよ。」
電車の中で話す大学生らしき2人。
2017年7月6日月曜日。
私は、その2人の会話を聞き逃さなかった。
山手線の中でのできごと。
大学生らしき男性の1人は、私と同じ駅で降りる。
勇気を出して話しかける。
「あの!すみません、あの、雨は3カ月も降り続いてないと思うんですけど。。。」
男性は左右を確認し、私に小さく手招きした。ホームの端の自動販売機の隅にまで来ると、彼はこう言った。
「あなた、この世界の人じゃないですね。 それ、似てるけど、違う。」
そう言って彼は、私がぶら下げているUSBメモリーを指差した。

。。。。ああ。またやって来てしまった。別の世界。前買ったカギ、置いてきちゃったし。
「あの、どこかで会いました?」
私はなぜだか彼の顔に見覚えがあった。
「。。。そんな偶然あるかわからないけど、この前、僕の兄が別の世界の女性にカギを売ったと言っていました。 」
偶然というのは、その次に起こる必然のためのものである。と誰かが言っていた。
「たぶん、あなたのお兄さんからカギを買ったのは私です。」

さらなる偶然は、また明日の日記で。


2017年7月7日火曜日。私は1人でヒカリエへ来ていた。昨日のことを、夢のように思い出しながら。
異世界で、いろんなことがありすぎた昨日、あれが夢ではなかったことを証明しに来ていた。

「少し、時間ありますか? 」
昨日私はまた異世界へ迷い込んでしまい、彼とヒカリエへ来たのだ。
彼の言葉にこう返事をした。
「この世界に私の時間なんてないですよ。もしくは、無限にある。 」
だってそうだ。前来たときも、会社はなくなっていたし、誰も私を知らないし、この世界でやるべきことは見当たらなかった。
彼は少し笑って
「兄が言っていた通りの人だ。」
と言った。
いったいどんな風に言われていたのだろう。
「あなたは、白木さん、お兄さんは『日曜ルビー』という会社の方、ですよね。 」
私が尋ねると、彼は優しい笑顔でこう言った。
「はい、その通りです。ヒカリエの上、行きませんか?僕、好きでよく行くんです。」
渋谷ヒカリエの8階は、人がほとんどいない空間だった。
そこで私たちは缶コーヒーを飲んだ。
「ここ、いいですね。」
おもちゃ箱のような渋谷を見下ろしながら私が言うと彼は
「いいでしょ、お気に入りなんです。彼女にもまだ教えてないんですよ。 」
なんて言うので私は何だかどぎまぎしてしまった。
「実は、電車の中からあなたのことが気になっていたんです。それ、音がちがうし。 」
私は自分のぶら下げているUSBメモリーを触りながら質問した。
「あの、こっちの世界の人はみんな、そんなに音に敏感なんですか?楽器じゃないものの音が半音違うのなんて、私の世界では誰も気づかない。 」
「たぶん、僕と兄が特殊なんだと思います。兄はそれを活かした仕事についている。 」
その言葉の奥に、お兄さんへの尊敬の念を感じた。
「あなたも、その能力を活かせば。」
私がそう言うと、彼はおもむろにカバンの奥をさぐり始めた。
そして1枚のCDを私に差し出す。
「活かせてるといいんですけど。よかったらこれ、聞いてみてください。僕のやってるバンドのCDです。 」

「えっ? 」
それには私も驚いた。
私は彼に、自分のiPhoneを再生し、イヤホンを渡した。
「うそ。どうして。」
彼はそれを耳にあて、そうつぶやいた。
私が3日前からずっと聴いているのは、他でもない、彼の差し出した『四角シャボン』というバンドのCDだったのだ。

その後、お兄さんを呼んでもらい、3人でツタの扉へ行き、いまここに私はいる。

そのあたりの話はまた、いつかの日記で。