melt

とろけるような暑さの中、蜃気楼の中に彼女をみた。

歪んだアスファルトの上にぼんやり立っているその姿は
いま思えば幻だったのかもしれない。

2017年8月25日。月曜。
14時。炎天下。気温は35度をとっくに超えている。
営業先からの帰り道。
日陰を求めて入った路地裏。

その路地には僕と彼女の二人だけだった。
彼女は僕をじっとみつめてこう言った。

「次の角をまがったところに小さいやおやさんがあるの。その向かいに、シトロンネルがなってるから。」
「えっ」
と僕が小さく言ったときにはもう彼女は走り去っていた。
(何なんだいったい。。。何がなってるって。。。?)
結局僕は気になって、次の角を曲がり、やおやを探した。

さらに細くなった路地の先に、野菜が並んだ店があった。
やおやというには、規模が小さすぎるのではないか。
そしてその店の向かいに、緑色の葉が茂った1本の木が伸びていた。

(ぶどうだ。。。)

きみどり色の少し細長い実は硬そうで、本物には見えなかった。
あまり見たことのない品種だ。
そのガラス球のような粒をみてなおさら、彼女は幻だったと感じた。

その日の夜、友人Kから新しいオンラインRPGの話を聞いた。

「今回の、けっこう面白そうだよ。モンスターとか出てこないらしい。」
「へぇ。」
「キャラクターデザインもあまり奇抜じゃないし、近未来の東京が舞台だって。」
「へぇ。」
「何だよ。上の空だな。」
「あぁ、ごめん。今日ちょっと変なことがあって。」
「何何。あ、ごめん、ちょっと電話かかってきた。とりあえずここに最新情報載ってるから見てみなよ。」
「うん、わかった。」

そしてKから送られてきたURLを開くと、そのゲームのメインキャラクターが映し出された。

その中の1人は今日、路地裏で会った彼女だった。

『melt』 という名のゲームだ。
このシリーズは、Kと2人ですべてクリアしていた。
今回の新作は、3Dブレインシステムという新機能を掲載していて、より現実に近い世界を体感できるらしい。

ゲームのあらすじはこうだ。

西暦2027年東京。
プレイヤーは全員、2000年生まれの27歳という設定だ。
(名前・性別・性格はなるべく現実世界と近いものをセレクトしてほしいと製作者は言っている)
崩壊した東京都市。
数人の仲間とともに事の真相をつきとめ、復興または現実世界への帰還を図る。

紹介されているキャラクターはそう多くない。

その中の1人が、「アマネ」だった。

腰まである長い髪。茶色い瞳。服装は白いブラウスに紺色のスカート。どこかの制服のようだ。
深刻な表情の彼女は、何か言葉を発していたが、画面から音声は出ていなかった。

僕が遭遇したのは彼女だ。
友人Kはコスプレしたゲーマーだと言ったが、それなら彼女がこのキャラクターのモデルだ。
本当にそっくりだった。

彼女は何故、僕に語りかけてきたのか。

2017年8月26日火曜日。
15時。炎天下。休憩からの帰り道。

「ねぇ、どうしてシトロンネルとってこなかったの?」

急に後ろから声がした。
びっくりして振り向くと、「アマネ」がいた。
「なってたでしょ?まさかあれがリードクリスタルだって気づいてない?」

「君は、誰?」
疑問は山ほどあったが、これだけ言うのがせいいっぱいだった。
「え。。。あなた、もしかして、別の世界の、雄平?」

それだけ言うと、アマネは数歩後去りし、また走り去ってしまった。

どうしてあの子は、僕の名前を知っているんだ。

「なぁ、シトロンネルって何だか知ってる?」
夜、パソコンごしに友人Kにたずねてみた。
「シトロンネル?知らない。何それ。」
「やっぱ知らないよな普通。」

僕は彼女の言った言葉「シトロンネル」の意味をもう調べていた。
ぶどうの種類だ。ロシアのコーカサス地方が原産という大粒のぶどうで、収穫時期が遅く「冬ぶどう」
とも呼ばれている。。。

普通、知らないよな。
アマネはあの時「シトロンネルがなっている。」と言い、次の日は「どうしてとってこなかったの?」尋ねてきた。
どうやら別の世界の僕は彼女と知り合いらしい。

「じゃあリードクリスタルは?」
「それは知ってる。」
Kは即答してきた。
「能力発動装置だろ、『melt』で使う。」
「え。。。そう、なんだ。」
「おいおい雄平、ちゃんと予習しといてくれよ。今回も発売時間ジャストから始めるから。」
「いつだっけ、発売開始。」
「次の土曜だよ。めずらしいことに昼の12時発売開始だ。」

2017年8月27日水曜日。12時。炎天下。会社近くの裏通り。
まあなんとなく予感はしていた。
アマネは唯一ある日陰にしゃがみこんでいた。
今日は僕から声をかける。
「きみ、名前は?」
「知ってるくせに。」
「『アマネ』はキャラクターの名前だろ?僕になんか用がある?」
「ねぇ雄平、こっちの世界の雄平は、おとといから行方不明なの。あなた、知らない?」
「さっぱり意味がわからない。」
「それか、あなたが記憶を奪われてるか。」
「誰に記憶を奪われるんだよ。ゲームの話?」
「ゲームと現実の境目なんて、もうないよ。」
そう言うとアマネは立ち上がり歩き出した。手招きをされ、後ろを歩く。
茶色い髪が左右に揺れる。その角を曲がると高校があるはずだ。
「君、そこの高校の生徒?」
アマネは振り向いて、僕に冷たい視線を投げつけた。
角を曲がる。
一瞬、反射する光で何も見えなくなった。
ゆっくり目を開くと、そこには崩壊した高校があった。
「何が、あったんだ?」
「それを知るために、私たち一緒にいるんじゃないの?」
「こうなった原因を知るため?それはメルトの。。これは現実だろ?」
「私にとってのね。」
アマネにとっての。。。?僕にとっては、何なんだ?
急に目の前が真っ白になりしゃがみこんだ。

「大丈夫ですか?」
ゆっくり顔を上げると、同じ部署の女性が心配そうに見つめていた。
「あ、ああ、大丈夫です。ちょっと立ちくらみがして。」
そういいながら僕は立ち上がった。
「よかった、△△社の帰りですか?今日暑いから、外回り気をつけてくださいね。」
向かいにある高校は、何事もなくそこにあった。
アマネの姿は、もうどこにもなかった。

僕は、Kに言われたとおり、予習を始めた。
毎回僕らはいち早くゲームをクリアしている。
このシリーズのゲーム内では、少しは名前が知られているはずだ。
Kの行動力と破壊力はすさまじく、とにかくクリティカルヒットを出す天才だ。
僕はといえば、援護系の魔法が多い、「僧侶」タイプのキャラクター。
まあ2人とも、現実とあまり変わらない。

しかし。
「メルト」は今までにないタイプのゲームのようだ。
プレイヤーが設定をあまり選べない。
キャラクターの紹介も8人のみ。
「アマネ」はやはり、17歳の高校生らしい。
「リードクリスタル」は、強く握ってから投げつけると、超能力のような力が使えるものらしい。
見た目はぶどうそっくりで、いたるところに異常発生している。
僕らはそのクリスタルを入手して、ワープやらサイコキネシスやらを使い進んでいく。
進んでいく?
どこへ?
このゲームの結末はどういうものなのだろう。

2017年8月28日木曜日。15時。久しぶりの雨。
どこからかアマネが現れるんじゃないかと周りを気にしながら会社へと戻る。
わざわざ高校の前を通っている自分にちょっとあきれながら。
(昨日見た風景はなんだったんだろう。。)
近代的な作りの校舎は、ゲームの中に出てきてもおかしくない雰囲気だ。
3階の窓に、こちらを見ているアマネを見つけた。
(やっぱり、ここの生徒じゃないか。)
ゲーム好きの女子高生。Kの言うとおりなのかも。
それなら、ゲームの中で彼女に会うこともあるだろう。
その次の瞬間、僕は凍りついた。
校舎の入り口に立っている教師のような男。
彼も「メルト」内のキャラクターにそっくりだったからだ。

21時。僕はKと直接会っていた。
呼び出してきたのはKのほうだった。僕も色々聞きたいことがあったからちょうどいい。
「なあ、どう思う?」
「どうって、仲良くなっちゃえばいいじゃん。アマネちゃんと。」
「そーゆうことじゃなくてさ。現実とゲームが重なるんだよ最近。Kはそんなことない?」
「ない。その子はさ、おまえがゲーム内の『雄平』だって知ってるんだよ。
だから仲良くなろうと思ってメルトの話題ふってきたんだろたぶん。」
「そうは見えなかったけど。。。」
「HN聞いといて、アマネちゃんと一緒に始めればいいじゃん。俺も会いたいし。」
「『メルト』って、情報少なくないか?攻略サイトもないし。」
「確かに。まあわざと謎めいた感じにしてるんだろ。あ、そうそうこれこれ。」
Kは僕に小さな箱を渡してきた。
「当たったんだよ、専用3Dゴーグル。」
「メルトの?」
「そう。」
「モニター1000人ってやつだろ?すごいじゃん。」
「しかも試験的なものだから、作動不良や慣れるまでの時間を考慮して、これつけるプレイヤーは
能力設定高いらしい。」
「へー。Kのもあるんだろ?」
「もちろん。また2人でトップクリアめざそうぜ。」
「そうだな。」
「じゃ、次会ったら聞いとけよ、HN。」
「わかった。」

2017年8月29日金曜日。12時。また35度を越える猛暑だった。
今日彼女に会ったら、おちついて話をしてみようと思う。
あの子は明らかに、僕よりあのゲームについて詳しい。
高校の前の道を通る。「都立山吹高校」っていうのか。初めて知った。
まだ授業中だよな。いや、今は夏休みか?
そうだ、あのぶどう。。シトロンネル。
まだなっているだろうか。
僕はあの小さなやおやを目指していた。

あった。
月曜日よりも、少しやわらかそうに見えた。
もしこれが、ガラス球だったら。。。
僕はそっと、その実に触れようと手を伸ばした。
「採らないでおくれよ。」
ドキッとして振り向くと、やおやの中から小さな老女に見つめられていた。
「ああ、すみません。ちょっと触ってみたくて。」
「そのクリスタルは、もう予約済みなんでね。」
「え?クリスタルって。。」
その時突然、背中に衝撃を感じ、次の瞬間には手をぐいぐいとひっぱられて走っていた。
「ち、ちょっと、何?!アマネちゃん?」
「早く走って!」
そのまま僕は大通りのデニーズまで走らされた。

「あそこのはもうダメ。敵に先をこされちゃった。雄平がグズグズしてるから。」
「はぁ、はぁ。もう何なの君は。よかったらデニーズでお茶でも飲まない?」
「何それ笑」
僕はもうわけがわからず、とりあえずアマネとゆっくり話がしたいと思った結果、そういう発言になってしまった。
しかしそれでよかったらしい。
アマネは笑顔でこう言った。
「じゃケーキも食べていい?」

13時。僕は女子高生とデニーズにいた。
「仕事、いいの?」
「ああ、ちょうど昼休み。さて、何から聞こう。」
「私だって聞きたいことは山ほどあるのよ。」
アマネはドリンクバーから持ってきたメロンソーダの氷をつつきながら言った。
「そうか、じゃ自己紹介から。僕は古畑雄平。27歳。会社員。」
「またそこから?」
「またって。。君とは月曜日に初めて会ったんだよ。」

そのとき携帯が鳴った。Kからだ。
「なあ、今アマネちゃんと一緒にいるんだろ?もう始めちゃってもいいかな?」
「何を。何で知ってるの。」
「おまえなかなか思い出さないからさ。この通話が終わったら、ゲームスタートだ。」
「?」
「ちゃんとゴーグルしろよ。」

「どうしたの?」
アマネが怪訝そうな顔で訊ねてきた。
「あ、うん。。友達なんだけど、なんかよく分からないことを」
その時僕とアマネの体は床に放り出された。
大きな地震だ。
店内は叫び声と厨房内の爆発音などでパニックになる。
逃げ惑う人々、割れるガラス、倒れる椅子やテーブル。
「雄平!」
アマネが床を這って僕にきみどり色のガラス球を渡してきた。
シトロンネル?
「早く!壁に投げて!別の場所に移動を!」
僕は窓ガラスに向かってそれを投げつけた。